幸せになりたい

鬱が教えてくれたもの

60歳になってから、ゆっくり断捨離をしています。

先日、ずっと捨てられなかったもの、「会社で毎年1冊づつ使っていた手帳」を大量に断捨離しました。
30冊ありました。
30年分の仕事の記録です。

手帳を1冊づつ手に取って「お疲れ様でした!」「よくがんばりました!」と言って捨てました。
ずっと捨てられなかったものなのに、なんだかとても心が温かくなりました。

あなたはどんな仕事をしていますか?
仕事で何を得たいと思っていますか?

仕事で得ようとしたもの

手帳の中を見たら、いろいろな思い出がよみがえりました。

「このころは1日6件も客先を回ってたんだな。気合でハイヒールで歩き回って、外反母趾になっちゃったな。」とか、「ミスしてしまってお詫びをしたいのに、クライアントから出入り禁止!と言われて、朝早くクライアントのビルに行って、エレベーターの前で待ち伏せした。」とか。

その時は泣きたい思いだったのに、今振り返ると、自分の若さや必死さがほほえましく感じられます。

でも、笑えないのは、「なんで私はがんばったか」ということです。

当然、離婚後の経済的な意味もあったのですが、私は「もうここで成功しなくちゃ私の価値はない。」と思っていました。

結婚も失敗した。子供も持てなかった。じゃあ仕事しかないじゃないの!
と思ったわけです。

仕事で成功して、お金も稼いで、そして…私が離婚したときに、私以上に悲しんだ母親を安心させたい。
「ほら見て。私は大丈夫よ。」と言いたい。

「このままの私じゃだめだ。仕事の成功が必要だ。」
がんばる原動力はこれでした。

でもそれなら、「成績が良かった」「昇進した」「クライアントに褒められた」というときに、幸せでいっぱいになったかというと、実はそうでもありませんでした。

もちろん嬉しいのですが、それは一瞬のことで、「これを維持しなくてはならない」「次はもっとうまくやらなければならない」というプレッシャーとストレスがやってきました。

「私にはほかに何の価値もない」と思うと、もう崖っぷちにいるのと同じで、なんとしてもしがみつかなくてはならない!と思ってしまうし、どんな見返りがあっても、心の底から喜ぶことができなくなってしまうのです。

鬱が教えてくれたもの

高層ビルの中に深夜1人きり、という体験をしたことがあります。

私の働いていた高層ビルは真ん中が吹き抜けになっていて、夜になると人がいるところだけ灯りが点いているのが見えました。
うちの部署はみんな帰りが遅かったし、私も毎日残業していたので、灯りがどんどん消えていき、私の部署の廊下だけに点いているということがありました。
ある日、みんなも帰ってしまい、廊下の灯りも23時に消えて、私の頭上の灯りだけになりました。

すごーく怖いです。
もちろん警備の方はいたと思いますが、午前3時に巡回に来て、ドアをガタン!とチェックする音で飛び上がります。

真っ暗な会社の廊下を通って、真っ暗なトイレに行くとき、寝ている友達に電話をかけて「私、今からトイレに行くので、私が悲鳴をあげたら警察を呼んでほしい。」と頼んだりしました。

そんなことをしているうちに具合が悪くなって、何度か復帰しようともがきましたが、ドクターストップになりました。

「これから先、どうしよう…」という不安でいっぱいになりましたが、その時はもうどうすることもできずに、ひたすら眠って眠って、日々をただ生きるしかありませんでした。

具合が悪いことよりも、「私は仕事でも成功できなかったんだ。」と、自分にがっかりしていました。
「私にはもう何のとりえもない。」と思いました。

でも、それから15年経って、私はまだ生きています。
そして、あの頃よりもずっと幸せに健康的に生きているのです。

今思えば、鬱はとても優しく私に「もうそういうやり方はやめなさい。」「あなたの価値観を変える時がきているよ。」と教えてくれたのです。

その後の人生で得られたもの

あの頃の私に言ってあげたいことがあります。

「大丈夫だよ。たくさんの人が助けてくれるから、ちゃんと周りを見てごらん。」と。

心配して声をかけてくれた人、スムーズに退職できるようにしてくれた人、転職先を考えてくれた人、気晴らしに誘ってくれた人、遠くから祈ってくれた人、それからその後に出会ってくれたたくさんの人たち。

私が特別助けてもらえる人だったわけではないのです。
気がつきさえすれば、みんな、周りに助けてくれている人はいるのです。

私が「1人で生きていかねばならない!」と目を吊り上げているときにも、本当はたくさんの人が助けてくれようとしていたのに、「スーパーヒーローじゃなくちゃ私を助けることはできない!」とか、「そんなんじゃ助けたことにならない!」とか、「誰もいないなら自分がスーパーヒーローになるしかない!」と思っていると、たくさんの助けをちっぽけなものとして扱ってしまうことがあります。

お店で美味しいご飯を出してくれる人、住んでる町の掃除をしてくれる人、病院の受付で笑顔で応対してくれる人、バスの安全運転をしてくれる人もみんな、誰かの・私の・あなたの喜ぶ顔が見たいのです。

人はみんな、誰かの歓びになれたと思ったとき、自分の価値を感じます。

自分には価値がないと思っていると、そんな自分を喜ばせようとしてくれるその人にも価値がないと思ってしまって、目に入らなくなってしまいます。

私ががんばったのは決して無駄なこととは思っていませんが、あのまま突っ走っていたら、あのままとっても寂しかっただろうなと思います。

スーパーヒーローにならなくていい。
誰かの歓びになれればいい。
「ありがとう」と言われたり、言ったりできればそれがいちばん。

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