生きる歓びを感じたい

誰かがあなたを愛してた

心の勉強をする前、
離婚したり親が亡くなったりいろいろあったけれど
私の中のいちばんの悲しみの素だったことは
「私は誰からも愛されない」ということでした。

頑張り屋さんほど自信がない

ご相談を伺っていると
仕事も一生懸命やっている、
家族のために心も砕いている、
加えて地域活動やボランティアまでしている方が

「私はがんばらないと価値がないんです。」
とおっしゃったりします。

えええ~?!と思ってしまいますが、
ご本人は本気でそう思っておられます。

がんばってようやく人並み。
自分はもともとが怠け者だから、
怠けたら廃人同様だと思っている。

わかります。私もそうでした。

だから、倒れるまで働いてしまったり、
人から褒めてもらっても
「いいえ。とんでもない。
 まだまだ足りないのに。」
と思っていました。

自分には価値がないと思っていると、
穴のあいたバケツで水を汲んでいるのと同じで、
いくら汲んでも汲んでも

満たされない気持ちになります。

だからますますもっと汲まなくちゃ!
という気持ちになってしまいます。

価値ってなに?

と考えていくと、
「愛される価値」なんですね。

子供のころに、自分がしたことで
お父さんお母さんがすごく喜んだ、
愛されたと感じた。
その安心感、満足感。

でも、同じことをしたのに、
ある時から喜んでもらえなくなった。

どうしたら喜んでもらえるんだろう?
愛されるんだろう?

それをずっと探しているのです。

愛された原体験

私が小さかったとき、
もう60年近く前なので、
まだ育児休暇も託児所もありませんでした。

学校で働いていた母は
職場近くのある家族に小さな私を託しました。

そこは東京の下町で、
皮製品の工場からは皮の匂いが
入浴剤の工場からは入浴剤の匂いが
部品工場からは油の匂いがたちこめていました。

預けられた家は、
お父さん、お母さん、寝たきりのおじいさん、
そして工場で働いている3人の息子たちの6人家族。
3部屋しかない間取りで、
お風呂もありませんでした。

私が預けられると、その家のお母さんが
「今日から私のことを”おかあちゃん”と呼びなさい。
この人は”おとうちゃん”、
3人の息子は”あんちゃん”だよ。」
と教えてくれました。

おかあちゃんは誰よりも早く起きて遅く眠り
寝たきりのおじいちゃんの世話をし
3人の息子のお弁当を作り
おとうちゃんに1品多くおかずを作り
私の面倒をみながら
小さな部品を組み立てる内職もしていました。

おかあちゃんは本当に
宝物のように私を可愛がってくれました。

私が好きだったバナナ型のマシマロを
問屋に行って山のように買ってきたりしましたし、
私が鼻水をたらしていると
自分の口で吸って取ったりして
それを見た母の方が驚愕していました。

おかあちゃんは、夕方、母が私を迎えにくると
「どうせ明日も預けるのだから、今晩は泊まらせて」
とよく頼んでいました。

でも私が人に挨拶をしなかったり、
ごはんを残したりすると
それはそれは厳しく叱られました。

母が転勤でその地を離れることになったとき
おかあちゃんは涙を流して、
母に手を合わせて
「お願いだから、
この子が夏休みのときはうちに来させて。」
と頼みました。

「この子は私の灯(ともしび)なんです。」

その後、私はいろんな家に点々と預けられたのですが、
あの下町のおかあちゃんのような人は他にはいなくて、
あの家はどこの家とも違っていたのです。

私たちは世界の光です

パートナーともうまくいかなくて、
親も亡くなってしまって、
誰にも愛されないと思うと悲しくて、
私の心理学の勉強は始まったわけですが、
そのセミナーで心理療法として
時々言わされる言葉がありました。

「私たちは世界の光です。」

全然ピンと来なくて、
何かの宗教みたいだと思ったり、
「世界の光」って言ったって
戦争を止められるチカラもないし、
と思ったりしていました。

それはまさしく
「私にはそんな価値はありません。」
という思いです。

でもある時、トレーナーが
「あなたには必ず誰か、
無償で愛してくれた人がいたはずです。」
と言ったとき

ずっと忘れていたあのおかあちゃんの声が浮かびました。

「この子は私の灯なんです。」

そうだった!

おかあちゃんは何もできない小さな私を
なんの見返りも求めずに
ただ愛してくれていました。

どうしてあんな小さな普通の女の子が、
ただ生きてるだけで、
おかあちゃんの光だったんだろう?

きっと、今はもういないおかあちゃんに聞いても
別に理由はない
と言うのではないでしょうか。

私だけではないはず。

おしめを替えて、
おっぱいを飲ませて
夏は涼しい場所に、
冬は暖かい場所にいさせてくれた
誰かがいなくては、
ここまで生きてこれなかったはずなんです。

何かしたから、ではなく
がんばったから、ではなく
ただ生きてるだけで、

あなたは誰かの光だったはずなんです。

「それじゃない」
と思う愛し方をされて、
「愛されていない」
と勘違いしたのかもしれません。

でもきっと
あなたに希望を託した人がいるはず。
そしてその希望は、

偉くなることでもなんでもない
ただ生きて幸せになってほしいという願いです。


だからどうか。
「がんばらないと私には価値がない」
なんて思わないでくださいね。

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